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まったりまったんこ

アルファポリスでまったり小説掲載中です。 習作短編やSS、設定の裏話やボヤキなど。 ネタバレがある場合は件名に記載します。 ジャンル:人間模様>>恋愛、ファンタジー

夏目漱石と芥川龍之介(※勝手な解釈を含みますのでご注意ください)

芥川龍之介の『或る阿保の一生』
大学時代号泣しながら読みました。

それを思い返して、つわり中にゴロゴロしながら読み返していて見つけた『先生』の単語。

芥川龍之介が夏目漱石を先生として尊敬していたのは有名ですが、その作品を評して

『どこか遠い空中に硝子の皿を垂れた秤が一つ、丁度平衡を保っている』

…こういう文をさらりと書くのがまたカッコいいですが、それはともあれ。
私が感じる夏目漱石の作品の印象もまさにこれだなぁと、納得したのでした。

いち素人の勝手な感覚ですが、私は夏目漱石の作品は純文学や私小説ではないと思っています。
『こころ』を書いて、夏目漱石も気づいたのではないかと思うのです。自分には書けないのだと。
自分が、なにかが、追い詰められるほどに、一つことを突き詰める姿。
狂っていく、崩れていく、壊れていく…そういう姿は。
『丁度平衡を保っている』
それが漱石の作品だから。

平凡な日常。
生活に恵まれ、他人に振り回されて気疲れするお坊ちゃん。
夏目漱石の作品の魅力はまさにそこで、
それを、芥川龍之介は尊敬し、憧れたのだろう。
自分にはないものとして。

漱石が書く人間で一番魅力的なのは、
「ほんとうの自分」を探しながらも、
結局、誰かが作ってくれた安寧の上に戻らずにいられない、
そんな自分の弱さを疎みつつ、嫌悪しつつも、
自分を包む「社会」に、結局甘んじている、
そんな姿だと思ってます。

私にも、結局書けないのだろう、と思います。
性悪説に基づく人間は。
そしてそれでいいのだろう、と思えるようになりました。
書く努力はしてもいいけど、それは得意な人が書くほどの武器にはならない。
そう思えるようになっただけでも、不思議と気持ちが軽くなったりして。

ともあれ。
誰しも、自分にないものに憧れるんだなぁ、
なんて改めて気づいて、文豪に勝手に少し、親近感を抱いたのでした。

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