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まったりまったんこ

アルファポリスでまったり小説掲載中です。 習作短編やSS、設定の裏話やボヤキなど。 ネタバレがある場合は件名に記載します。 ジャンル:人間模様>>恋愛、ファンタジー

【五月病SS 48話side多田野】予想外に多田野の人気が嬉しいので

裏話書こうとしたけどいっそSSにしちゃった方がいいやって思ったので投下。
作者が玲子と別の多田野脳で妄想していた48話はこんなんでした。萌えー
***

 帰ろうと足を踏み出した多田野のシャツを、不意に、玲子が掴んだ。
「馬鹿なお願いしていい?」
 多田野が振り向くと、小首を傾げる玲子の顔がある。
 その顔はひどく繊細で、か弱げに見えた。
 多田野の心中がざわめく。
「キスして」
 多田野は驚きに目を見開いた。が、ひと呼吸後にはそれを、複雑な笑みに変える。
「……いいよ」
 言って、右手を玲子の頬へと伸ばす。しかし頬には触れずに、嘆息した。
 手に入らないと分かっている彼女の肌に、触れる勇気はなかった。
 両手をスラックスのポケットに突っ込むと、玲子が戸惑ったような顔をした。多田野はふ、と目を細めて笑う。手はそのままに長身をかがめた。
 玲子の眼前を覗き込む。
(こんな近くで見られる機会は、これが最後だろう)
 思いながら、ゆっくりと顔を近づけ、静かに口付けた。
 唇を押し付けることなく、触れるかどうかの距離を保ったまま、心の中でゆっくりと二拍数える。
 そして、いつもの距離まで顔を離した。
「違う、でしょ」
 無理に浮かべた笑顔と共に、多田野は言った。
(ひどい声)
 自分の耳に届いた声が、切なく、悲しく聞こえて、思わず苦笑した。
 玲子が泣きそうになっているのが見える。
 月光に照らされた彼女の潤んだ瞳は、ひどく、美しく見えた。
 残酷なほどに。
「……多田野さん」
 玲子に呼ばれて、多田野はまた穏やかな目を向けた。
「何なんだろう、これ」
 多田野は笑う。
「分かってるんでしょう」
「分かってる……けど、こんなの、知らない」
 玲子は俯いた。次いで、胸を押さえるように自分のシャツの衿元を掴む。
 苦しんでいるその姿を見て、多田野は目を反らした。
「苦しむのって、大事だよ」
 多田野は静かに言った。
「苦しんで手に入れたものの方が、大切にしようって気になるでしょう。何も考えずに進んで行って、あれ、これ違うなって思うと、修正するのも面倒くさいから、全部捨てたくなっちゃう」
 その手はポケットに突っ込んだまま、空を見上げる。
 春らしいぼんやりした空に、ぼんやりと月が浮いていた。
(綺麗だ)
 思いながら、目を閉じ、息を吐き出すと、また顔を玲子へ向けた。
「ちゃんと向き合いなよ。大丈夫、石ちゃんは応えてくれるから」
 自分の笑顔が変に歪んだものになったことを自覚したが、痛む胸ではこれ以上、どうしようもない。
 未熟さに自嘲した。
 玲子は少しの間の後、微笑む。
「ごめんね、多田野さん。ありがとう」
「うん、どういたしまして」
 できるだけ、ひょうきんな動作で一礼して見せた。玲子は小さな笑い声をたてる。多田野を気遣うような、無理をした笑い声だった。
(つんとしているようだけど、優しい女性だ)
 それを、多田野は知っている。だからこそ、心惹かれた。
 好きだ。ーーそう、言えたら。
(抱き寄せて、抱きしめて、俺のものになってくれと言えたら)
 思いながら、そんなことできもしない癖にと苦笑する。
 どうせ、そんな強引な男には、なれもしない。

 結局、改札にICカードを乗せるときを除き、多田野の手は玲子と別れるまで、ポケットから出ることはなかった。
 玲子と別れて一人で歩きながら、多田野はポケットから出した自分の手をぶらぶらと振る。
 最初で最後のデート。
 手すら、握ることもないまま。
 思わず苦笑する。
「仕方ないよなぁ、これが俺だもん」
 ひとりで呟く。
 見上げた夜空には、やはり月が明るく浮かんでいた。

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